薦田典佳 | ダメ上司ほどなぜ周りをイエスマンばかりで固めるのか

イエスマンと聞くと、なんでも「ハイハイ」と上司の言う事に従順な部下と想像するかもしれません。

または「さすが部長です」というような太鼓持ちを想像する方もいらっしゃるかもしれません。

ですが実際のイエスマンというのは、上司の期待に過剰に答える部下であると言えます。

どのような事か具体的なエピソードとしてご紹介します。

上司を過剰接待しすぎる部下が真のイエスマン

例えば上司の期待に応えるために、上司があえて命令しない事もあらかじめ判断して用意する秘書的な仕事ができる部下B氏がいます。

彼の場合は、上司のために上司が忘れた書類があれば、さりげなくその書類を上司に届け、上司が忘れているスケジュールがあればそのスケジュールをフォローします。

一見して「気が利く」良い部下ですが、上司にとってはこの「自分が指示を出さなくても自分の考えをくみ取ってくれる」という心地よさが「当たり前」になっていってしまうのです。

すると上司はその当たり前がベースとなっていきます。

上司にとってはこの部下Bはとても気が利く仕事ができるやつというよう評価になります。

一方で、Cという部下がいます。彼は営業成績ではそこそこ仕事ができる人間ですが、声に出さない上司の思惑などに気を回すという事はありません。

そのため、ある時同じように会議に上司が書類を忘れた時、B氏であれば書類を言わずとも届けてくれるのに部下Cはそれをしません。

すると上司の立場から見れば、Bは気を使えるのにCは全く気が使えず仕事ができないという評価になるのです。それだけならともかく、あろうことか部下Cを捕まえて

「俺が言わなくても書類ぐらい届けろ!気が利かないやつだな」などと叱責するようになってしまうのです。

つまり、部下Bという気が利く部下がいる事で上司である立場からそれが当たり前となり、気を使われる事の心地よさを覚えてしまい、結果として気を使わない部下に対して怒りの感情を持つようになるのです。

こうして、上司という立場から自分が言わずとも意図を組んでくれる部下ばかりを集めるようになり、えてしてイエスマンばかりが回りにはべる、という構図が出来上がるのです。
本来であれば書類を忘れるミスをするのは上司自身の責任です。

だからこそ部下Cがその書類をフォローしない事は、本来は部下Cの業務ではありません。

このように自分自身が心地よい部下ばかりのイエスマンに囲まれる事で、それが当たり前だと思ってしまうダメ上司になってしまうのです。